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- 2025.12.24
新たな開示義務の流れ:TCFD,TNFD に次ぐ第3の柱「循環」が企業経営に求められる時代
近年、企業が気候変動関連のリスクと機会を開示する TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、そして自然資本と生物多様性に関するリスクと機会を開示する TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が、世界中の企業活動に大きな影響を与えてきました。これらは、企業が地球規模の課題を「財務情報」として捉え、投資家や顧客などのステイクホルダーに対して、事業活動による影響や事業活動が受ける影響を説明するための重要な枠組みです。
そして今、この気候変動と自然環境という二大テーマに加えて、企業の持続可能性を問う「第 3 の柱」が確立されようとしています。それが、資源の効率的な利用と価値の最大化を目指す「循環性(Circularity)」です。
なぜ「循環」が重要なのでしょうか。それは、私たちの経済活動の土台としている「資源」の消費が、気候変動や生物多様性損失の大きな原因となっているからです。国連環境計画(UNEP)の報告によれば、天然資源の採取と加工は、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の 55%以上を占めており、気候や自然関連の目標達成には、資源の使い方そのものを変革することが不可欠です(参考文献 1)。
この課題に対応するため、世界経済人会議(WBCSD)と国連環境計画(UNEP)のワン・プラネット・ネットワークが共同で開発したのが、「ビジネスのためのグローバル循環プロトコル(GCP)」です。WBCSD は、GCP が気候変動対策のデファクトスタンダードとなった「GHG プロトコル」と同様の影響力を循環経済にもたらすことを期待しています。
企業に求められる「循環」に関する情報開示のプロセス
GCP は、TCFD や TNFD と同じく、企業の非財務情報開示の国際的な枠組みとして、以下のプロセスに沿って企業が「循環性」を測定・管理・開示することを推奨しています。これは、単に「どれくらいリサイクルしたか」という数字だけではなく、その数字の裏付けとなる企業の経営体制や戦略を包括的に評価し説明することを求めています。
GCP の循環性パフォーマンスとインパクトの評価プロセス
▶GCP の目的をフレーム化する
循環性パフォーマンスとインパクト評価の目的とユースケースを明確にします。この段階では、評価の目的を明確にすること、適切な評価レベルを選定すること、対象とすべきステークホルダーを特定することについてガイダンスが示されています。
▶循環性評価を準備する
評価範囲を定義し、バリューチェーンをマッピングし、リスクと機会を特定します。GCP の標準化されたマテリアルフローのスコープに基づく「重要性優先順位付け手法」を用いて、インパクト、リスク、機会、バリューチェーン上のホットスポットに焦点を当てながら、評価対象とすべき物質の優先順位付けを行います。
▶循環性パフォーマンスを測定する
指標を選定し、データを収集します。循環型パフォーマンスおよびインパクトの測定手法は、循環戦略を、気候、自然、社会的公平性、および財務的価値における測定可能な成果と結びつけます。
▶循環性パフォーマンスを管理する
結果を分析し、施策の優先順位付けを行い、改善を実行し、効果的なガバナンス体制を構築することで、結果をロードマップへと落とし込みます。
▶外部ステークホルダーとコミュニケーションを図る
投資家、規制当局、B2B(企業間)顧客、サプライヤーを含む外部ステークホルダーに対して結果を共有します。また、構造化された報告・開示手法を用いることで、投資家、規制当局、顧客、およびバリューチェーンパートナーが意思決定する際に有用な情報を提供します。
出典:グローバル循環プロトコル(GCP)
GCP が提示する「循環」の具体的なモノサシ
GCP は、上記のプロセスに基づく開示を裏付けるために、企業が測定すべき具体的な指標群を「4 つのモジュール」として提示しています。これらの指標は、単なる「リサイクル率」ではなく、資源利用の効率性、製品寿命の長さ、そして環境・社会への影響などを包括的に捉える指標となっています。モジュール1、2は循環性に関する指標、モジュール3、4は循環による価値とインパクトに関する指標になっています。
| モジュール名 | 目的と具体的な指標の例 |
| 1. Close the Loop (ループを閉じる) | 調達と回収に焦点を当て、どれだけ資源を循環できているかを測る。 (例:% Circular Inflow(再生材や再生可能資源の投入割合)、% ActualRecovery(製品が実際に回収・再利用された割合)) |
| 2. Narrow and Slow the Loop (ループを狭く、遅くする) | 使用する資源の量を減らす(狭める)ことと、製品を長く使う(製品廃棄を遅くする) (例:Absolute Dematerialization(材料の絶対量削減率)、Actual Lifetime(実際の製品寿命)) |
| 3. Value the Loop (循環の価値) | 循環戦略が経済的価値をどれだけ生み出しているかを測る。 (例:Material Circularity Revenue(循環的な製品・サービスから得られた収益)) |
| 4. Impact of the Loop (循環のインパクト) | 循環の取り組みが、気候、自然、社会にどのような影響を与えているかを測る。 (例:GHG Impact(循環による温室効果ガス排出削減効果)、Nature Impact(土地利用など自然への影響)、Social Impact(公正な移行や雇用の質)) |
出典:グローバル循環プロトコル(GCP)
企業競争力の源泉となる「資源の透明性」
GCP の出現は、企業にとって「循環」が単なる環境対策ではなく、経営基盤である資源調達に関するリスク管理であり、新たな収益を生む成長機会であることを示しています。資源の枯渇、価格高騰、そして新たな規制の波が押し寄せる現代において、GCP は、企業が従来の線形的な思考(資源を取って作って捨てる)から脱却し、資源効率を高め、レジリエンスを強化するための具体的なツールとなります。
TCFD が企業の「脱炭素」を、TNFD が「自然のリスク」を財務情報に組み込んだように、GCP は「資源の循環性」を経営戦略と投資判断の核に据えることを促しています。GCP が目指す「資源の透明性」は、投資家に対して信頼性の高いデータを提供し、循環型ビジネスモデルへの投資を促進することで、企業の競争優位性を形成する「第 3 の柱」となるでしょう。
企業がこの国際的な潮流に乗り遅れることなく、TCFD、TNFD、そして GCP の 3 つの柱を統合的に捉え、戦略的に情報を測定・管理・開示を進めることこそが、国際競争力を高め、持続可能な未来を築くための鍵となります。
参考文献:
- UNEP (2024)「世界資源アウトルック 2024(IGES 仮訳)」
詳細はこちらをクリック - WBCSD (2025) “Global Circularity Protocol for Business”
詳細はこちらをクリック - 環境省 「ビジネスのためのグローバル循環プロトコル(GCP)」の初版の公表について
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